2017年2月2日木曜日

宇佐美英治「殺生石」~『日本の名随筆 石』を読む その14~

考古学的なテーマを纏った随筆である。

人と石の関わりについて綴る。

人が、他の動物と違い、ヒトとしてこの地球の生態系の頂点に君臨するようになった理由を、宇佐美英治は「石によって身を守り石を武器に、威力の上で人を凌ぐ動物と闘ってきた」ことだと断じている。

ヒトが二足歩行できるようになったことで、手を使い、石をどこかから調達・運搬し、獲物や外敵に石を投げることで、人はまず他の動物に勝ることができたという流れが描かれている。

人は弱いが、石などの道具を使うことで、種としての絶滅を免れ、他の動物を使役する立場に回ることができた。
この点において、石は「人間の最良の伴侶であり、最強の幇助者」だったと評されている。

石器に対しての宇佐美の随想が面白い。
――石器は土器のようにどんなふうにでも形をつけられるものではない。石は石に工作する人間の手に刃向う。(中略)石器はどんなに加工してもなお人間に抵抗し、最後まで石であることをやめない。
人は石を道具として支配しているつもりだが、実は石は最後まで支配されることを抵抗したがっているかのようだ。
石が奴隷ではなく、「伴侶」で「幇助者」であると表現した意味合いが込められているように思える。 あくまでも、石を「味方に引き入れた」までなのである。
――土器については機能が形体を決定するといいうるが、石器は必ずしもそうではない。百万年来、人が石器に見出そうとしたのは、機能というよりは石のもつ絶対的な威力であり、強大な的を傷つけ、その肝をぬきとる魔力である。

ここに、石の一つの性質が哲学されている。

ヒトが始源の時に感じた石の魔力とは、石があらゆる肉を断つという、ヒトの体そのものには備わっていない絶対的な攻撃力にあるという宇佐美の提言である。

宇佐美によれば、この攻撃力が石を霊や神たらしめた岩石信仰の源泉の一つなのだと語る。
あくまでも一つであるというのは、石には他に「無情、冷酷、生気なき無機物を思う中世以後の観念や石を永世と死に結びつける古代帝国以来の記念碑性(モニュメント)の観念」もあり、攻撃性はそれとはまた別個の観念だと言い添えているからだ。

この流れの中で、標題の殺生石が登場する。
殺生石は、栃木県の那須湯本に今もある有名な奇岩である。霊狐・玉藻が石に姿を変え、祟りの石として霊威を放ったものが、最終的には仏法により調伏されるという伝説で知られている。

温泉地による有毒ガスの噴出のため周辺一帯には一木一草もない殺風景が広がっている。
この環境要因が殺生石の伝説を構成している節は否定できないが、宇佐美は、別にこれだけの理由で殺生石の"イマージュ"を強く感じるわけではなく、もっと根深い石そのものの"イマージュ"から来ていると述べる。
――幾十万年来、人間の伴侶であり、無言の庇護者であった石が毒素を吐きつづけ、人を殺しつづけるということはわれわれの存在の基盤にかかわることなので、じっさいの災害以上にこの石が薄気味悪く思われたにちがいない。

信仰や聖なるものが、人によりその思いを強くさせる時は、人に慶福を与える時よりも、災いや予知せぬ禍悪を人に与える時の方が鮮烈に残ると宇佐美は指摘する。
恩恵よりもまず、祟り神を鎮めるための信仰。これはよく聞く話である。

恩恵を与えてくれた石が反逆する、あるいは、人から見たら裏切るように見えた石に対して、二重の畏れを抱いたのではないかと、この殺生石を通して岩石信仰の1つの形が結論付けられている。

最後に取り零したポイントを、本文から引用して終わりたい。
――しかし現代の人間は石の内部にそのような光を見出す霊力を失ってしまった。現実の殺生石はもう人々の眼に見世物同然となり、日ごと風化をつづけている。
――子供たちはボールを投げても石は投げまい。しかし手に握った石ころの独特の重み、形状を感じながら標的を狙って力まかせに投石するさいには(中略)何か生得的な、本能のよろこびに近い快感がある。

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