岩石の哲学

岩石がなぜ人の心をひきつけるのか?
答えが出そうにない根源的な問いに見えるが、すでに答えは出されていた。
古今東西の先人が残した哲学的アプローチがあった。

■森徳一郎「石の徳」

森徳一郎 『一宮史談会叢書7 郷土史234珍』(一宮史談会、1967年)より

神道考古学の提唱者である大場磐雄が、この本の序文に寄せて森徳一郎を評している(これも名文である)

「あふるる珍想、流るる通才、史談あり考証あり、更に猥雑漫談あり、硬軟自在綿布混識、その間を一本翁一流の一宮魂が貫ぬいて、純粋の名古屋弁でチクリチクリと骨を刺す。加うるに文章は軽にして妙、表現また洒々脱々」
「翁は実に八宗兼学、融通無礙、行くとして可ならざるなき博学者で、こういう学者は今後はもう出ないだろう」

このような天衣無縫の学者だっただろう森徳一郎だからこそ記せた「石の徳」から、岩石の哲学を始めたい。

一 石には破・損・減の三失なき故祝儀となる
一 石は清浄ゆえ幸をひく
一 石を飾れば座敷の景色を浄める
一 石は目を楽しましめ心を養う
一 石を飾れば魔を近づけず
一 石には名山の姿を備える
一 石はその座の祈祷となる
一 石は堅きものなれど人心を和らげる
一 石は閑寂と静けさを持つ
一 石は冷然として感情を表わさぬ生物である
一 石には禅味がある
一 石は風雨灼熱にも泰然自若である
一 石は天然其ままであり、あるがままである
一 石には虚偽がない
一 石は神秘を持つ
一 石は寂かに聴いている

表面的な理解はもちろん簡単。
実際のところで、この境地が腑に落ちる次元まで、引き続き岩石と人の関わりを勉強させていただきたいと思う。


■哲学者ガストン・バシュラールが語る「岩石の物質的想像力」


ガストン・バシュラール「岩石」(及川馥・訳『大地と意志の夢想』思潮社、1972年)その1

ガストン・バシュラール「岩石」(及川馥・訳『大地と意志の夢想』思潮社、1972年)その2

ガストン・バシュラール「岩石」(及川馥・訳『大地と意志の夢想』思潮社、1972年)その3

ガストン・バシュラール「岩石」(及川馥・訳『大地と意志の夢想』思潮社、1972年)その4

ガストン・バシュラール「石化の夢想」(及川馥・訳『大地と意志の夢想』思潮社、1972年)その1

ガストン・バシュラール「石化の夢想」(及川馥・訳『大地と意志の夢想』思潮社、1972年)その2

ガストン・バシュラール「石化の夢想」(及川馥・訳『大地と意志の夢想』思潮社、1972年)その3


■『日本の名随筆88 石』

堀口大學「石」
動かない石に反抗性の物言いを認めた詩

草野心平「石」
あなたは庭を造ろうと欲して、石を一つ置くだけで満足できるか

尾崎放哉「石」
巨石でも奇岩でも怪石でもない石ころに愛着を覚える男の一人語り

上村貞章「石の表情」
石は人間の模造品

中国の文化人たちが石を愛した話

唐木順三「石」
石の本を書いてほしいのは、表層的な石を追い求める人ではない

小泉八雲「日本の庭―抄―」
日本人以上に、石の美的感覚に執心した八雲

久野正雄「愛石志 抄」
庭石の実用の美について

竹山道雄「竜安寺石庭」
石のフォルムを否定した後、石の配置から、石の性質を表現する

會津八一「一片の石」
石は、あなたが思っているより脆く儚いもの

澁澤龍彦「石の夢」
石に夢に取りつかれた人々の思考を読みながら対話する

豊島与志雄「狸石」
狸石と男と女。作家と読者。すべて石を通して語られる

中沢けい「ひでちゃんの白い石」
個人の名もなき1つの石から、歴史研究の危うさと関連付け記憶を考える

宇佐美英治「殺生石」
ヒトの始源の時から、石は伴侶であったが、だからこそその抵抗に畏れた