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2017年5月4日木曜日

ひかる石(三重県いなべ市北勢町)


三重県いなべ市北勢町皷

皷地区の薬師堂にケヤキの木がそびえている。

光る石

ケヤキの幹に、石が刺さっているのがわかるだろうか。

光る石

光る石

光りかがやくことから「ひかる石」の名がある。

かつて、ある庄屋がこの石を自宅の庭に移したが、日を追うごとに光が弱まり、ある夜、「さじべえ(薬師堂のこと)行きたい」と泣き声を上げたことから、驚いた庄屋は元の場所に戻したそうである。

その後、ひかる石は泣き声を止めて、再び光を戻したそうだ。

<参考文献>
員弁郡国語サークル編 『国民教育シリーズ32 いなべの民話』 員弁郡教職員組合 1985年

土生神社の三つ石(三重県いなべ市大安町)


三重県いなべ市大安町梅戸字三ッ石

土生神社の三つ石
土生神社境内。注連縄が巻かれた三体の石が参道の両脇に見える。

土生神社の三つ石

土生神社の三つ石

土生神社の三つ石

当地を梅戸井といい、かつて三つの村があった。

この三つの村の堺にあったとされるのがこの石で、「三郷の堺石」とも呼ばれていた。

願い事を叶えてくれる石として、地元の人々がよくお参りした。
石を揺らすと雨を降らせたり、オコリなどの病気を治したりと万能の霊石だったようだ。

このような民話がある。

ある時、梅さんと竹さんという二人の村人が、この石を自分たちだけのものにしようとして、一番軽そうな石を掘り出そうとした。
しかし、掘れども掘れども終わりは見えず、やがて二人は石化して亡くなったという祟り伝説を持っている。

この石の存在から、梅戸井郷の一称として三石郷の名がある。

<参考文献>
大安町教育委員会編 『大安町史 第1巻』 大安町 1986年
員弁郡国語サークル編 『国民教育シリーズ32 いなべの民話』 員弁郡教職員組合 1985年

2017年5月3日水曜日

しゃごさんの石/しゃごんさんの石(三重県員弁郡東員町)


三重県員弁郡東員町大木字南条屋敷

個人宅敷地内に現存。
所有者の方に許可を得て拝見した。

しゃごさん


しゃごさん

文化・文政年間(1804年~1830年)に著された松宮周節『伊勢輯雑記』に、神石としてこの石の記述がある。

元はこの地に赤口神社(社護神社)があり、久那斗神を祭神としていた(現在は大木神社に合祀)。

大木の八幡神社(これも現在は大木神社に合祀)の御旅所で、歳迎えの宮とも呼んだ。

御神体は金の鳥で、この金鳥のおかげで当地は雷が落ちても火災に見舞われることはなかったという。
(なお、当地の近辺には秋葉姓を名乗る方が多く、火伏の秋葉信仰との関連性が強い)

その金鳥が降りた石といい、石自体も神聖視された。
石に触ると「ネブト」(腫物)ができ、足を乗せると足に病が出て歩けなくなると信じられた。

しゃごさんの石(『いなべの民話』によれば しゃごんさんの石)として、東員町を代表する民話の1つとして各種郷土資料にも収録されている。

とある旅の男がこの石に腰を掛け、隣に咲いていた山つつじの枝を折って自分のわらじをはらい、そのわらじを石の上に置いた。
一休みしてから歩き始めたものの、歩くごとに足が重くなり、しびれるような痛みがさしてきた。
その時、「先ほどの石まで戻れ」とどこからか声が聞こえ、石まで戻ると、石の上にはわらじの土がくっついていて、山つつじの枝も石の周りに散らばっていた。
これが原因と恥じ入り、石の上の土を掃除して、枝も石の周りの土にさしてお詫びをしたところ、足の痛みは引いていった。
のちに、旅の男はこの時の声の主に感謝の気持ちとして、鈴鹿の山裾の村に祠をまつったという。

しゃごさんの名は、赤口神・社護神すなわちシャグジとしての石神に通じ、シャグジは境界の神と目されるが、詳細は不明である。

当地を案内していただいた地元の方によれば、本石と同じような青石を御神体に用いる神社が近辺に多いとのことである。


<参考文献>

員弁郡国語サークル編 『国民教育シリーズ32 いなべの民話』 員弁郡教職員組合 1985年
東員町史編さん委員会編 『東員町史 下巻』 東員町教育委員会 1989年

ゆうれい石(三重県四日市市)


三重県四日市市西坂部町御館

個人宅敷地内に現存。
所有者の方に許可を得て拝見した。

ゆうれい石

ゆうれい石

ゆうれい石

ゆうれい石

この場所を「そうれん墓地」とも呼ぶ。

高さ50㎝程の、手で持って運べるような大きさの、何の変哲もない石である。

が、この石を家に持って帰ると、寝ている時に女中装束の女のゆうれいが現われるという。
きまって、畳をほうきで掃くようなしぐさを見せるという。

真偽を確かめるため、複数の人がこの石を持ち帰ったが、晩になって例外なくゆうれいが枕元に立ったため、皆おびえてその石を元の場所に戻したという逸話も付帯している。

『みえの民話』の考察によれば、菰野の千種城主の愛姫がこの地で家臣に殺され、その怨念が宿った石ではないかとされている。
根拠として、遍照院の名僧が供養で読経したところ、千種家の紋である笹龍胆が石の上にボオッと浮かんだと語ったとある。

このように聞くと、忌避される存在のような石だが、次のような話もある。

所有者の方の話によると、この石は足の病にご利益があると信じる人がいて、かつては願掛けに来る方もいたという(なお、近くには日本武尊の足洗池がある。関連性は不明)。
今はもう、ゆうれい石を訪れる人も絶えて久しいとのこと。

数十年後には、ゆうれい石の存在も風前の灯かもしれない。

<参考文献>
四日市市三重長寿会 編・発行 『みえの民話』 1977年

2017年1月15日日曜日

小黒田谷不動尊(三重県津市)


三重県津市美杉町

小黒田谷不動尊
情報収集不足につき詳細は不明。

小黒田谷不動尊
かつては石壇の上に祠があったらしい。
今は撤去されているが、祠の裏の露岩が剥き出しになっている。

小黒田谷不動尊
隣接して滝があり、行場としての清浄性を保っている。

2016年12月27日火曜日

立岩(三重県津市)



三重県津市美里町南長野

立岩
たていははし(立岩橋)

立岩
長野川の真ん中に、2体の巨岩がもたれ合う。
これを立岩大明神・夫婦岩と呼び、かつてはここに立岩神社があったという。
(どのように祠がまつられていたかは情報収集不足につき不詳)
現在は長野神社に合祀。

立岩
立岩の中心に梵字が刻まれているのが確認できる。

津市の民俗有形文化財に指定されているが、現在は信仰・祭祀は継続されていないらしい。

2016年12月23日金曜日

カエデの森(三重県津市)



所在地:三重県津市白山町真見59-2


Googleで「磐座 三重」と打つと、トップページが上の画像のようになります。最近になって気づきました。

「カエデの森・磐座遺跡」
なんだろうここは。
三重県在住で磐座歴15年ですが、このような場所は初めて聞きました。

おそらく、この表示はGoogleMapで地点登録されたことによるもの。

この地点登録の手続きや基準を私は知りませんが、私がどうあがいても到達できない検索1ページ目をやすやすと叶えてしまうのだから、なんとも虚無感があります。

ということで、さっそく先日現地を見に行ってきました。三重県民として。


2016年3月4日金曜日

真木山神社(三重県伊賀市)

所在地:三重県伊賀市槙山3237

本殿裏に「神石」と推測される岩石があるらしいので行ってみた。

今は土草に半ば埋もれているが、本殿裏には確かに岩盤が隆起している。

「神石」と記した出典がはっきりしていないのが気にかかる。

また、真木山神社はかつて別の場所にあって、それが現社地へ遷座したという。

白石明神の名前も持つという。

京都市松尾大社で近年発見された本殿裏の岩盤と似ている。

本殿裏の岩石=神石・磐座という機械的思考は避けたい。

社殿地を決める目印としての可能性など、いくらでもありそうなものではないか。

真木山神社t>

googleマップはピンポイント表示ができず、まだ改悪化されたままのようで・・・。