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2017年9月17日日曜日

路傍の自然石考―東海道の夫婦石/妻夫石/妋石―




四日市市文化協会の会誌『パッション』61号(2017年9月15日発行)に、「路傍の自然石考」と題した文章を書きました。

『パッション』は、同協会ホームページで全号オンライン公開されています。

そのうち、最新号も掲載されるのではと思いますので、よろしければこちらでご覧ください。


故あって、前・後編の2回に分かれて掲載されます。

オチを次号に回すという大げさな構成ですが、1ページのミニ記事ですので、軽い気持ちで目を通していただければ助かります。


書いた動機を少しだけ。

四日市市の情報誌ですから、四日市市の自然石を取り上げて、その石の歴史に思いをはせようというのがテーマです。

四日市は地元ですが、だからこそ、四日市にはそのような石はないのではと思っていました。

ただ、この1~2年、郷土資料をざっと読んだだけでも、今のところ4例の岩石信仰の事例を数えることができました。
いつものことですが、本当に岩石信仰は身近なところに横たわっているんだなあ、ということを思わされています。


2017年7月4日火曜日

与喜山―山の力と、山と人との距離感の変遷―

雑誌『宗教民俗研究』第26号に論文を発表しました。

日本宗教民俗学会が発行する年会誌で、2016年度分がこの6月に刊行されました。



奈良県桜井市の長谷寺に隣りあう与喜山について掘り下げた論考となります。
2002年から足掛け15年、断続的ではありますが調べ続けたフィールドワークの結果を、紙幅の限り詰め込みました。
いま書いておかないと忘れられてしまう情報を、いくつか後世に残すことができたと安堵しています。

ただ、専門誌ですので、目にする機会は少ないかと思います。

もし本稿に興味のある方がいらっしゃったら、本ブログ最下部の「お問い合わせ」フォームから、メールアドレスを添えて「与喜山論文希望」の旨をお教えください。

論文のpdfを、記入されたアドレスまでお送りしたいと思います。
一人でも多くの方に関心を持っていただけたら著者として光栄です。


2017年2月17日金曜日

昭和京都名所図会 全7巻

高度経済成長期を境に日本の風景は一変したといいます。

風景だけでなく、人々の観察眼や興味関心も様変わりしたように思えます。

この本を読むとそう思わされます。


昭和京都名所図会と名付けられたこのシリーズ。
全7巻14000円のところを5000円以下で見つけたので揃えて買ってしまいました。

京都の名所旧跡を作者お手製の絵図と共に紹介する、今風に言えば観光ガイド。
でも、今の観光ガイドとは目の付け所も取り上げ方も違います。
題名通り、江戸時代からの流れを汲む名所図会の香りで雰囲気は統一されています。

川の淵の名前や逸話など、現代人がスルーする情報が多くのせられています。
ここでしか言及されていない「仙遊石」など、岩石祭祀事例も多数収録。

こういった情報は、今の観光のメインストリームからは完全に除外されています。
除外されているというより、情報と興味関心が次世代に受け継がれず、断絶しているんでしょうね。

私が生まれていない時代の空気を閉じこめているわけで、この本を読むことで、生まれていない時代の歴史を追体験できます。
いま目の前で見ている京都とは違う京都像の視野を広げてくれるという意味で、京都に惹かれる方にお勧めします。

2017年1月3日火曜日

向井一雄『よみがえる古代山城』を岩石信仰の見地から読む

古代山城研究会代表の向井一雄氏の新刊
『よみがえる古代山城: 国際戦争と防衛ライン』(歴史文化ライブラリー440、吉川弘文館、2017年)
に、神籠石を巡る話が取り上げられていたのでお知らせします。

全体を通しての所感はAmazonレビューに書いたのでそちらをご参照ください。

http://amzn.asia/2GAnDkE

この内のp28-p35が「神籠石論争顛末記」と題され、神籠石が「イワクラ(磐座)」かどうかについて頁を割いているので、磐座に関心のある方は一読をお薦めします。

交合石、皇后石、皮籠石など、様々な表記をされる「こうご」「かわご」石は、その名前の意味、性格を巡って、岩石信仰の1つの謎としていまだ横たわっています。

僅かですが、神籠石が何かであるかについて、向井氏からヒントとなる考えも若干踏みこんで記されています。
今後、このテーマに対してさらに本格的な論考が発表されることを待ちたいと思います。

個人的には、すべてが「磐座」の一語に収斂されるような存在なのかを疑問視しています。
そうであるなら、そもそも「こうご」「かわご」で一括されるグループとして生まれずに、磐座の語でまとめられていればいいからです。

機能論的な角度だけからではなく、発生当時の歴史的背景の中で論じられると、それは他の岩石信仰の歴史解明にも寄与するのではないかと、期待しています。

2016年12月1日木曜日

平津豊『イワクラ学初級編』(2016年)書評

イワクラ(磐座)についての最新書となるので即購入しました。


著者の平津豊氏は、イワクラ(磐座)学会理事です。

正式な書籍タイトルは『ギザの大ピラミッド、ナスカの地上絵より精緻!地球最古の先駆け文明【イワクラ学初級編】縄文の壮大なる巨石モニュメント』(ともはつよし社、2016年11月刊)

長い(笑)
平津氏のブログ(10/30記事)を見ると、キャッチコピーは出版社がつけたそうですが、書誌情報泣かせですね。

ブログに先行公開されていた下の目次に惹かれました。
  • 「磐座」という言葉
  • 「磐境」・「神籬」という言葉
  • 「神奈備」という言葉
  • 「石神」という言葉
  • 「磐座」の分類
  • イワクラ(磐座)学会の定義
イワクラ(磐座)学会の最新定義も気になっていたので、この本で私自身のイワクラに対する考えもアップデートしておきたいと思いました。

2016年11月28日月曜日

『日本の石の民俗』全六巻(明玄書房)

堀田吉雄・橋本鉄男・印南敏秀・小谷方明・酒向伸行・鹿谷勲・吉川寿洋『近畿地方の石の民俗』(明玄書房、1987年)を購入。


200ページ弱で、そこまで分厚い本ではありません。


県別に、各県の専門家が石の民俗を執筆しています。

民俗事例ごとに項目を分けて書いています。
写真の目次を見るとすごそうに見えますが、そこまで一例一例の詳細は書いていません。
民俗調査報告書のように、研究に引用できるほどの詳細さはありません。
そういう場所もあるのか、と事例リストに入れるにはじゅうぶん。その事例を知る手始めの書ですね。

あと、所在地などがはっきり書いていないことが多く、情報検索性は正直低い。
昔の文献によくある、各事例を筆の進むままに書き連ねていく内容です。

でも、正直、この本でまだまだ知らない事例に出会いました。感謝以外の何物でもありません。

そもそも、こんな本が刊行されていたことを知れたのが嬉しかったです。
石の文献を探して15年強。
もう石の民俗事例集は出尽くしたと思っていました。
まだ出会えますね。


『日本の石の民俗』全六巻のシリーズの1つでした。地方別に巻が分かれています。
近畿地方で4800円。全巻だと31800円・・・。
どうしようかな(笑)


2016年11月10日木曜日

参考文献~祭祀・信仰研究全般~

旧ホームページより掲載します。

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参考文献~事例研究~

旧ホームページより掲載します。

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参考文献~岩石信仰に関する一般書~

旧ホームページより掲載します。

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参考文献~オンライン文献~

旧ホームページより掲載します。

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参考文献~岩石信仰のテーマ別研究~

旧ホームページより掲載します。

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参考文献~岩石信仰の古典的研究~

旧ホームページに載せていた参考文献リストをもう一度UPしてほしいというリクエストをいただきましたので、このブログに再掲します。

旧サイトからコピーするだけなので楽です。
ただ、量が膨大なので、ジャンルごとに分けて掲載します。
まずは、岩石信仰を取りあげたバイブル的な位置付けの重要文献をご紹介します。

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2016年10月1日土曜日

「依代」と「御形」と「磐座」について―祭祀考古学の最新研究から―(後編)


前編からの続きとなります。


■笹生衛氏が切り開いた祭祀研究の新地平

笹生衛氏は、考古学が旨とする資料第一主義を徹底され、長年停滞していた祭祀考古学の諸研究の中で、資料性・説得性の高い新研究を打ち立てられています。
古墳時代の祭祀研究をテーマにする人たちにとっては、今もっとも耳を傾け、議論にすべき研究が詰まっていると私は思います。

笹生氏の独創性を示す部分を、下記論文から紹介したいと思います。
※以下、括弧内は笹生論文から引用

笹生衛「日本における古代祭祀研究と沖ノ島祭祀. ―主に祭祀遺跡研究の流れと沖ノ島祭祀遺跡の関係から―」(『「宗像・沖ノ島と関連遺産群」研究報告II‐1』2012年)
http://www.okinoshima-heritage.jp/reports/index/18

まず、笹生氏は「神道考古学を提唱した大場磐雄氏は、古墳時代の祭具の中心に石製・土製模造品や手捏土器を位置づけた」が、「昭和50年代以降、祭祀遺跡・遺物の資料が増加した結果、再検討が必要となってきた」と、従来の学説からの批判的発展を提起しています。

笹生氏が注目するのは、「5世紀前半から中頃、初期の祭祀遺跡の中で保存状態の良好な事例では、石製模造品以外に一定量の鉄製品が使用されていたこと」と、「さらに、紡錘車と初期須恵器が伴うこと」です。
これらは「中国大陸・朝鮮半島からもたらされた当時としては最新の技術と素材で作られた最上の品々だった」と評価しました。なぜ、これらの遺物が祭祀用とされたのだろうかという従来の疑問に対して、単に実用/非実用といった使い古された議論から脱却し、歴史的位置づけを鮮明にしたのが笹生氏です。

もう1つ、氏によって新地平が開かれた古墳時代祭祀の議論は、葬と祭の分化・未分化の問題です。
笹生氏は「埼玉県行田市埼玉古墳群の稲荷山古墳第1主体部から出土した辛亥年銘金象嵌鉄剣に刻まれた『上祖』の文字」に着目し、「『上祖(とおつおや)』『祖(おや)』の文字は、記紀・『風土記』では古代氏族の系譜で起点となる人物を指す」と指摘します。
ここから、古墳時代における古墳葬送儀礼には、祖霊信仰の観念があったことが認められます。確かに、金石文という古墳時代当時の文字資料が「祖」を使ったことには、有無を言わせない説得力があります。

笹生氏によれば「古墳に副葬された鉄製武器・武具、農・工具、鉄素材の鉄鋌は、5世紀中頃までに成立した祭祀遺跡の鉄製品と基本的に共通」することから、「『上祖』『祖』への祭祀と、自然環境に由来する『神』への祭祀は、別系統で存在しながらも、ともに貴重な品と飲食を捧げる共通した形で行われたと考えてよいだろう」と論じました。


2016年9月30日金曜日

「依代」と「御形」と「磐座」について―祭祀考古学の最新研究から―(前編)

■はじめに

いつかこの問題について触れようと思っていました。

主に祭祀考古学の分野で、神観念の研究は進展しています。その嚆矢となったのが國學院大学教授・笹生衛氏です。
笹生氏は、民俗学者の折口信夫が提唱した依代の概念や、かつて同じ國學院大学教授の大場磐雄氏が形作った原始神道的世界観に関して批判的検討をおこなっています。

國學院大學において、神聖な権威になっているであろう大場磐雄氏に対して、批判的な分析を加えられたその意志に、まず私は並々ならぬものを感じます。真に学者だと思います。

ここでは、web上に公開されている以下の論文を参照して、考古学分野以外にあまり広まっていない現今の研究状況の紹介と、私の感想を述べたいと思います。


笹生衛「日本における古代祭祀研究と沖ノ島祭祀. ―主に祭祀遺跡研究の流れと沖ノ島祭祀遺跡の関係から―」(『「宗像・沖ノ島と関連遺産群」研究報告II‐1』2012年)
http://www.okinoshima-heritage.jp/reports/index/18

時枝務「神道考古学における依代の問題」(『立正大学大学院紀要』第31号 2015年)
http://repository.ris.ac.jp/dspace/handle/11266/5656
(笹生氏の研究を受けた形で、同じく旧来の民俗学・考古学における依代について再検討している)


2016年6月11日土曜日

基盤岩信仰~京都市北部に岩石信仰が芽生えた理由を地質面から解説する~

記事の紹介です。

京都盆地の基盤岩: 露頭する岩石、磐座信仰
(京都高低差崖会ホームページより)

京都盆地は、北へ行けばいくほど地中の岩盤(基盤岩)と地表との距離が浅くなります。

だから岩倉に代表されるように、露岩をまつる信仰の場が複数残っているんですね。

船岡山の露岩群もこの事例に入るのかな。

基盤岩信仰という言葉、勉強させていただきました。

2016年5月31日火曜日

石の本リスト2016 in 山口

山口県立山口図書館が良いページを作りました。

ニュースを読む「地球のかけら『石』の世界 ~『県の石』制定~」

石にまつわる本を紹介しています。

石の本にはアンテナを張っているつもりでしたが、特に気になるのがこの3冊。

  • 石 伝説と信仰     長山幹丸‖著     秋田文化出版     1994.1
  • とちぎ石ものがたり 人と石の文化史     栃木県立博物館‖編集     栃木県立博物館     2007.10
  • 日本の名随筆88 石         作品社     1990.2

3冊目の随筆集の目次が、版元の作品社のホームページにありました。

   ~~~
【内容目次】
會津八一  一片の石
青柳瑞穂  石皿との出会
網野菊   石
石川淳   武田石翁
井伏鱒二  石臼の話
上村貞章  石の表情
宇佐美英治 殺生石
小川国夫  ロワール河畔 ジェルミニ・デ・プレ、アゼール・リドー、キュノー
尾崎方哉  石
折口信夫  石の信仰とさえの神と
唐木順三  石
北畠五鼎  子石と卵石
北畠五鼎  石眼
北畠雙耳  子石と卵石
北畠雙耳  石眼
草野心平  石
久門正雄  愛石志(抄)
小泉八雲  日本の庭(抄)
佐藤宗太郎 恐山の石
澁澤龍彦  石の夢
薄田泣菫  石を愛するもの
竹山道雄  竜安寺石庭
豊島與志雄 狸石 寓話
中勘助   独り碁
中沢けい  ひでちゃんの白い石
奈良本辰也 萩の武家屋敷の石垣 山口
長谷川四郎 石の中の魚
別所梅之助 石を積む
堀多恵子  リルケの墓で
堀口大學  石 [巻頭詩]
森銑三   石の長者といはれた石の蒐集家木内石亭
矢内原伊作 石との対話(抄)
山本健吉  石位寺の石仏

   ~~~

すごくおもしろそう。

私の今の興味関心を満たしそうなタイトルがずらりです。

郷土資料に類する本や、私家版にはまだまだ知らない世界が広がっています。



2016年5月14日土曜日

文献紹介 本間久英『石の魔力で夢をかなえる』(マガジンハウス、1996年)

 筆者の本間久英氏は、下の論文で先日紹介しました。

文献紹介 本間久英「埼玉県に言い伝えられている石(岩石)」(2002年)

 専門は地質学者という本間氏。
 上の論文も専門をやや飛び越えたものでしたが、今回紹介する『石の魔力で夢をかなえる』も、なかなかの攻めのタイトル。

 タイトルと筆者経歴から、石の魔力を理化学的な視点で解説してくれる新境地の本かと勝手に想像していました。
 2割ぐらいはその内容もありましたが、予想よりもパワーストーンの概説書でした。水晶など、宝石の記述に偏り気味です。いわゆる花崗岩など、ありふれた岩石はスルーされています。

 見出しの中にはチャクラやヒーリング、チャネリング、ダウジング、水晶占い、気功・・・と、1996年当時のブームの香りをふんだんに反映した内容。

 これはこれで貴重ではないでしょうか。
 というのも、最近、あまりこれらの言葉、聞かなくなったと思いませんか。
 数年前のスピリチュアルブームで、この業界の空気も完全に変わったと感じます。
 はやりものというものも、諸行無常です。

 本書を執筆するにあたって、本間氏はおそらく当時のはやりものを渉猟して、それに立脚したのだと思います。
 たとえばダイヤモンドは「理不尽な命令をはねのけ、自分が正しいと信じている方向へ進めるように持ち主を導く」(p50)と断言し、アマゾナイトは「冒険と夢の石」で「見果てぬ夢を追いかけて、その実現に努力する」(p67)効果があり、オブシディアン(黒曜石)は「常に戦う心を持ち続け、冒険を恐れない人」(p73)にふさわしいといいます。
 「~という」と伝聞形ですが、その根拠や出典がはっきり書かれていません。

 こう見るとトンデモ系と評価付けられかねないのですが、そこは本書の「はじめに」と「あとがき」を読むと、本文との温度差があり、味わい深いものがあります。
 本間氏は「わかって書いている」節があります。科学者としてこのような本を書いていいものか逡巡したことや、パワーストーンの効能は科学的な立証はないと断りを入れています。全体的に初心者向けの文章構成にしていることや、わざとらしいくらいにハウツー本を意識した手引き的要素が濃い。いずれも、わかってやっている感が漂います。
 本間氏の言葉を借りるならば「そのようなことがあっても不思議はないな――」(p164)というスタンスです。

 では、本間氏をそう思わせ、本書を書き上げた動機とは何なのか。
 それは周りの人に石にはまる知人や教え子が多く、彼らから聞く話に、石を持ってから体が治ったり、子供が生まれたり、探し人が分かったりしたという奇跡的なエピソードを複数聞いたことが大きいようです。
 それはもちろん、石とエピソードの因果関係の裏取はなく、また統計的な根拠にも欠けるものでしょう。本間氏もすべてを信じすぎではないかと思いますが、周りがそういう人たちで固められていたのなら、これも1つの心理として自然です。

 私は、周りにそういう人もいなく、自分自身にそういう体験がなかったので、まるで本間氏の世界が別世界です。 世界が違うのです。

 言うなれば、これは本間氏にとっての石の哲学書です。
 もう少し正確に言うなら、1996年の時代の香りを吸いすぎた、石の哲学かもしれません。
 この「世界の違い」を違和感を抱きながらも読み、理解するという作業は、哲学的です。私にとっての本書の楽しみ方とは、ここにあります。

 コラム「食べる石」は、石が漢方の世界では薬として食べられていたことを概覧するもの。このページは知識面で勉強になりました。
 こういう学問的内容もいきなり登場するのが本書の特徴。

2016年5月13日金曜日

書評 比田井克仁氏論文「東日本における磐座祭祀の淵源」を読んで

1、はじめに

 比田井克仁氏の論文「東日本における磐座祭祀の淵源」は、早稲田大学考古学会の発行する機関誌『古代』第118号(2005年3月刊行)に所収されています。

 磐座をテーマにした考古学の論文は、最近ではほとんど見なかっただけに驚きました。それだけに、この種の研究ジャンルでは極めて貴重な研究論文と言えます。私もさっそく読んでみたわけですが、読み進めていくと「初めて出会う解釈」が多く、少なからず当惑しました。
 もちろん賛同した部分も多くありました が、どうやら岩石祭祀に関わる基本的なところで考え方の相違があるようで、どうしても納得のいかない部分もありました。

そこで私なりに培ってき た岩石祭祀研究の立場から、比田井氏論文に触発されて色々と考えたことをまとまりもなく書きました。
 批判にもなっていないかもしれませんが、磐座・磐境に といったものに対してこういう風に考えている立場もあるんだよということを、この場を借りて少しでも表明できればと思います。


2016年4月5日火曜日

文献紹介1 本間久英「埼玉県に言い伝えられている石(岩石)」(2002年)

元は『東京学芸大学紀要』に収録された同大学教授の論文。
今は東京学芸大学リポジトリとしてオンライン公開されている。下記リンクで参照できる。

http://ir.u-gakugei.ac.jp/bitstream/2309/42575/1/03716813_54_06.pdf

題名の通り、埼玉県内で民話や伝承の中で語り継がれている民俗学的な岩石の事例を収集している。
埼玉県内の寺社、自治体に問い合わせて、回答を一斉に集め、それを紙幅の限り載せたという内容のようだ。考察は最後に少しあるが所感を出るものではなく、基本的に資料集として読むのが適切だ。

美里町猪俣にある「猪俣の七石」に関する情報が、他では見られないとても具体的な内容を掲載しており、とても興味深い。

2002年当時、この論文を知っていれば、埼玉県在住時代に大いに役立っただろうに。そう思ってしまうが、リポジトリに入ったことで、やっとこの論文の存在を知ることができたのを幸としなければならない。

筆者の本間氏は地質学者で民俗学は畑違いだが、地質学者として岩石に興味を持ったのか、過去1995年にも「民俗学的文献中の石に関する資料」という論文を同紀要で発表している(下記リンク参照)

http://ir.u-gakugei.ac.jp/bitstream/2309/10591/1/03716813_47_14.pdf

さらに、本間氏は「石の魔力で夢をかなえる」(マガジンハウス、2006年)という一般向けの著書を出している。
理系の学者が、石の持つ魔力や魅力について自らの思いを語った内容のようである。
1人の人間が石に抱く哲学ということで、機会があれば入手して読んでみたいものだ。

論文中、石(岩石)と2つの名称を併記している。岩石というのが地質学者らしい。
石と岩石までいくなら、岩も併記しないと不公平感がある。むしろ私は岩石で統一してよいと考える立場である。
岩石は地質学に限る用語ではなく、岩と石を包括する総称として最も客観性が高いと考えているからだ。